2駅となりの病院で、財布を忘れたことに気が付いた!

 

千円札のイラスト

子連れで2駅となりの病院に行った時の事。

雨が降っていたので、行きは病院までタクシーで行きました。小さな子どもを連れての支払いは時間がかかるので、すぐに払えるようにタクシーチケットを用意。何回か通っている病院だったので金額も分かっており、準備しておいたチケットを渡しました。
診察終了後、受付でかばんの中を見たら、入れていたはずの財布がありません。丁度、その日は学校の参観日で、いつも使っていた財布を参観日用のかばんに入れかえていたことをすぐに思い出しましたが、あとのまつり。
どうしよう。。。焦ってかばんの中身を出したところ、参観に持って行き忘れたネームホルダーの中に、まさかの千円札が!病院の支払いを無事済ませ、薬局へは後で薬を取りに来ることを伝えて、ほっと一安心。

帰ろうとして、千円札のおつりだけでは、切符代が足りないことに気が付きました。さすがに2駅分歩くのは無理だと途方に暮れていたところ、上着のポケットの中に、別の路線の残り1枚の乗車回数券を発見!その駅までならなんとか歩けるので、無我夢中で歩き、無事乗車して家路につくことができました。
あんなに焦ったお金のピンチは初めてでした。

貯金が家の修理で無くなりました。

 

雨雲と家

今まで貯めた貯金を家の修理に使い切ってしまいました。

最初に気になったのは雨洩りです。
玄関先の雨樋に穴が開き、そこから雨が洩っているのです。しばらくアルミ箔でふさいでいましたが、それもそれほど持ちませんでした。そこで板金屋さんに頼もうとしましたが、今はもう板金屋さんはほとんどないのですね。そこで建築屋さんに相談しました。

一部だけ取り換えるのかと思っていたら、もうこのような雨樋はないとか。もう寿命なので全面取り換えだということでした。仕方がありません。そこで2階から1階までの全面取り替えになりました。そのため足場を組みました。大工さんが1階に上ると屋根が腐っていると。歩くとぶかぶかしていて怖いくらいだとか。

そこで今度は屋根の葺き替えです。
これも屋根瓦を取り払い、今風の屋根に直しました。

そしたら今度は外壁に亀裂が入っているとか。
そのままにしておくと、雨が入ってきてしまうということで、今度は外壁の塗装です。築40年も過ぎますと、いろいろ不具合が出てくるものです。そんなわけで今まで貯めておいた貯蓄の取り崩しです。もうほとんど貯蓄がなくなってしまいました。
今が最大のピンチです。

あと地震が来て家が壊れたらもう修理代もありません。地震で壊れないことを望むのみです。後は年金からぼそぼそと貯めていくほかはありません。
医療費も葬式代も残っていまいので、困ったことだと思っています。

大学入学直前に、親の多額の借金が発覚!

負債を抱える男性

私の大学入学が決まって、入学金や前期の授業料を支払う時に父親の借金が発覚しました。自宅が抵当に入っており、借金が返せないなら自宅から退去をするように求められるほどの深刻な状況。借金の総額は1千万円で、母親も私も父がそれほどお金を借りていることを全く知りませんでした。
私の貯金は20万円程度しかなく、とても大学進学の費用には足りません。このままでは大学に入学することができなくなるので、何とかお金を工面する必要がありました。しかしどうすることもできず、一旦は大学進学を諦めました。

その後、父の叔父が1千万円の借金を肩代わりしてくれることになり、その結果なんとか自宅に住み続けられることになりましたが、それでも大学の費用の120万は用意できないままでした。

私は思い切ってこの話を母方の祖父母にしました。なぜなら私の大学入学を楽しみにしてくれており、受験勉強もずっと応援してくれていたからです。すると祖父がお金の心配はしなくてもよいと言って大学費用を工面してくれたのです。

祖父は私に「働くようになったら少しずつ返してくれたらよい」と言って、お金を渡してくれました。本当にうれしかったです。私はそのお金をすぐ大学に振り込んで何とか大学へ入学することができました。このようにして周囲の人達のおかげで人生最大のお金のピンチを乗り切ることができました。

自動車保険未加入で交通事故に!

追突する車

私は自動車免許を取得してもう20年になります。すごく慎重な性格でスピードも法定速度くらいで走っているので事故を起こした経験がありません。マメに車も点検、整備しているのでトラブルにあったこともないのです。だから自動車保険に入っているメリットを感じることができず、とうとう任意の自動車保険に入るのをやめてしまいました。

それから数年経ち、とうとう地元でやってしまいました。交通事故を起こしてしまったのです。全然、事故を起こすような危険な場所ではなかったため、油断していたんですね。夏のすごく暑い日でしたので、暑さでぼけっとしていたのも原因です。

T字路で徐行して出ようとした時、きちんと停車していればよかったのですが、スピードを出して走ってきた車があり、それに追突してしまったのです。お金持ちそうな高齢の女性でした…。

自分が左右確認しなければいけない状況だったことに加え、暑さでぼーっとしていたため、ブレーキでなくアクセルを踏んでしまったから最悪でした。元々がゆるいスピードだったので、相手にも自分にも怪我はなかったのは幸いです。

でも相手のボディーの真横に、長い擦り傷がついてしまいました。7対3でこちらが悪いことになりましたが、私は保険に入っていません。100万近く払う羽目になりました。貯金もそれほどなかったため、消費者金融で借りました。そういうところで借りたのは初めてです。誰にも恥ずかしくて言えなかったです。

給料ダウンと妻の病気、子どもの進学が重なる。

 

お金のやりくりを相談する夫婦

我が家の場合はまず、私が年収約360-380万程度の正社員年収、妻が概ね年収100万程度のパート収入で高校生の子供1人の三人家庭でなんとかやっていました。

ですが、まず私の方で会社が業績不審の結果、各種手当が見直され、実質年収300万程度に激減し、更に悪い事に妻も体調不良でパートが出来なくなってしまったのが重なり、それに加えて子供も大学進学希望と、経済的に一時はかなりピンチとなりました。ただ、私の年収も妻のパートの件も今日明日の段階での発覚ではなく、幸いにも実際に収入が激減するまでの間に時間的にも経済的にも多少の余裕があった為対処出来ました。

具体的な対処ですが、まずは子供も含めての家族会議です。妻と子供に我が家の経済的な状況を全て説明した上での今後の方針の確認。

最初に手を付けたのは食料費であり、購入先を安売りスーパーに変更し、献立その他を月間の上限を決めた購入で妻に依頼。次が通信費で、3人分の携帯、スマホを各々用途に合わせて格安プランに変更し、生命保険も共済へ変更。更に、年間で電気を使い続けるエアコンと冷蔵庫を最新の省電力型に全て変更して電気代も節約。

後は、私の副業ですが、当初はパート等の実働も考慮したのですが、やはり身体に負担を掛けて病気になってはそれこそ大変なので、基本的にネットでアンケートやコラム書き等を選択し、月間目標額を決めて継続的に実施。

最後に子供の進学ですが、幸いにも本人がかなり頑張ってくれたので、一度も予備校等使わずに公立大に合格してくれて、今は学業の合間のバイトで、自分なりに貢献してくれていますので、かなりのギリギリではありますが、子供が就職するまでのあと数年はなんとかなりそうな我が家の家計です。

転職で無給の期間ができてしまった!

給料袋のイラスト

ひとり暮らし始めて暫く経ってから、仕事を変える事になり、働きながら探していました。貯金も引越しでほぼ無くなった状態だったので、なるべく間が空かないように、すぐ働ける仕事を探しました。
当時勤めていた仕事は、月末締めの10日払い、新しく見付けた仕事は、10日締めの20日払いでした。これまでの仕事は、月末締めなので月末まで働いていて翌月の10日にお給料を貰えます。そして、その月には別の仕事を始めていたのですが、10日締めという事で、11日からの出勤になり、お給料日まで1カ月ちょっと空いてしまうことになってしまったのです。
月が変わってから、「20日の給料日まで持ちそうもないな…」と少しずつ感じてきました。
それから何かを買わなければいけない時もなるべく安いものにしたり、買わないで我慢したりと、節約を心がける毎日。10日を過ぎた頃には、「食べない」という選択肢も増えるほど、いよいよ何とかしないと、というところまで来てしまいました。
お金を借りるしか乗り切る方法はないことはわかりました。でも両親も大変な時期でしたし、ひとり暮らしも反対されつつ出てきてしまったということもあって、親から借りる事は最初から考えていませんでした。かといって、知り合いから借りるのも、言い出しにくい。

迷ったあげく、カード会社からキャッシングする事にしました。キャッシングには、かなり抵抗があったので、取り敢えず、絶対にすぐに返せる額、1万円だけにして、それでも極力使わないようにしていました。

おかげて、それ以上のキャッシングもなくお給料日を迎えられ、すぐに返済して、我慢していたビールで1人祝杯をあげることができました。

休職中でも給与からの天引きの督促が…

保険の請求で困るおじさん

部署異動で仕事が激務になり、もともと持病があって定期的に通院して騙し騙し仕事をこなしていた私は、その激務に対応できなくなるほどに体調が悪化。ついに医師にドクターストップをかけられ、休職することになりました。
休職すると、健康保険組合から傷病手当金がもらえます。健保の財政状況によって基本給の80%だったり60%だったりしますが、休職中はこれに頼るほかないです。ところが、この傷病手当金の申請書には、医師の記入と自身の記入が必要で、これを月単位で提出する必要があります。それも、勤務できなかった実績値を書く必要があるため、仮に月末まで休むことが明白であってもその月が終わるまで提出できません。
つまり休職して最初の月は傷病手当金がもらえないということです。要するに無収入になってしまう、ということですね。それでも、給与からの天引きで払っていた財形貯蓄の積み立て金や厚生年金などは支払う義務があるため、月末の給料日を過ぎると「天引きできなかったから来月10日までに振り込め」との督促が無情にも来ます。普通に勤めている時は資産運用を意識して、結構な比率で定期預金とか株式投資とかにお金を回していたので、無収入で10万近い天引き分の請求額を工面するのは綱渡りもいいところでした。利率の低い定期預金を途中解約し、株式投資用の余力資金を取り崩すなどしてなんとか乗り切ったものの、固定資産税や自動車税支払いとも重なってかなりしんどかった記憶があります。

ヒモ化した元カレに貯金全部とられて…。

空の財布をもつネコ

ヒモ化していた元カレとの同棲を解消するために大急ぎで部屋を解約し引っ越しを進めた結果、元カレは「慰謝料がわりに当面の生活費をまとめてよこせ。でないと別れてやらない」とかなりご立腹。その時は「別れられるなら何でもいいや」と手元に残っていた貯金を丸ごと渡してしまいました。新しい部屋の契約や引っ越し業者さんへの支払いはすませていたものの、もともと私が揃えたはずの家具も家電も元カレに取られてしまっていたので、生活に最低限必要な照明器具や冷蔵庫などを買うだけですでに深刻な金欠…。
でも、食べ物さえあれば人間は生きていけるんですね。事情を知っている職場の同僚や友人が食べ物をたくさん分けてくれたので、とても助かりました。とにかく家賃だけは払って部屋を確保できれば、電気が止まろうが携帯が止まろうが、人間は生きていけることがわかりました。

元カレにおびえていたので、身の安全さえ守ることが最優先で、他の事は気にならなかったのもあると思います。この危機を乗り越えられたのは、本当に周囲みんなの協力のおかげです。とにかく周りの人に恵まれたと思います。お給料の前借をさせてもらったり、晩御飯をご馳走になったり…。おかげで収入が安定した今も「人生いつ何があるかわからない」の精神で、浪費をせず身の丈にあった生活を心がけてはいます。でも自分ではなく周りの為の出費は出し惜しみしないことにしています。お金も大事だけれど、生きるか死ぬかで考えた時には人とのつながりも同じぐらい大事だと思うようになったからです。空の財布をもつネコ

実家を離れて自由に生活できると思ったら・・・

 

買い物でお金を使う女性
高校卒業後地元に就職。自分で収入を得るようになり、口うるさい祖父母がいる実家から離れたくて、姉と一緒にアパートを借りました。一人では生活する上でも不安があったけど、姉となら気も使わず、家賃も含めた生活費も折半ならなんとかやっていけるだろう、やっていきたいというかなり軽い気持ちでした。

細かい生活費の計算もせず、半ば勢いでアパートを借りることに。入居したての数か月は、小言を言う家族もいないし、友達は呼び放題、遊びに出掛け放題で楽しくて仕方ない毎日を送っていました。仕事はまじめにやって収入も多くはないけれど毎月きちんともらっていました。しかし若い姉妹はおしゃれや友達との遊びは楽しいし、自炊もほとんどせずにコンビニ弁当や外食で済ませる毎日で、徐々に家賃や光熱費を滞納していく状態に。。。

お気に入りのCDや服を売っても生活に充てようとしましたが、大した金額にならず、大家さんが家賃の催促くるようになりました。光熱費も払えず時には電気を止められたり、そして水道も止められたりするようになる始末。結局支払いが済むまでは実家に戻ったりの繰り返しで、最終的にはアパートを引き払うことになりました。自由はあったけれど、お金の管理が全くできていなかったゆえの経験で、ある意味良い経験になったと思います。

観光地で財布を紛失!帰れないかも。

鈴のついた財布高校時代に友人と二人で東京観光に行ったときでした。三泊四日の旅行で、上野動物園やお台場などで観光を楽しんでいました。
ですが、四日目のお昼過ぎに私たちはピンチに陥ります。なんと財布を落としてしまったのです。このとき、財布には全財産とキャッシュカードが入っており、どうすることもできず途方にくれました。
田舎に住んでいたので、携帯電話もSuicaなどの電子マネーも、当時はまだ存在しておらず持っていませんでした。
夜行バスで帰る予定だった私たちは、その気づいた場所から夜行バスの乗り場までは電車が必須でした。
落としたであろう場所の見当はついていたのですが、少し離れていました。歩いていける距離だったのかもしれませんが、土地勘のない私たちにとってそれは無謀な挑戦でした。
そのとき、偶然目に入った宝くじ売り場。そこではちょうどスクラッチくじを発売中でした。鞄を漁るとちょうど300円だけ見つかったので、一か八かスクラッチに賭けました。
するとなんと1万円が当たったのです!その1万円で落としたであろう場所の近くの交番へいくと、財布が届けられていて、中身も全部無事でした。おかげで私たちは無事に帰ることが出来ました。
そのとき、警察のかたから「近くの交番に行けばここまでの交通費くらい出してくれたよ?」と言われたことが恥ずかしかったことも覚えています(笑)