お金のピンチで人生にも転機が訪れました

小銭のイラスト現在バツイチ子持ちの私の人生最大のお金のピンチは、離婚前別居のきっかけとなった出来事です。当時6ヶ月の息子を抱えてはいたものの、基本的に働かず、ギャンブル癖の酷い元夫の収入は乏しく、私が大黒柱でした。ところが、6ヶ月で初めて熱を出した息子は気管支が弱く入院か毎日の総合病院への通院が必要となり、仕事をしていると嘘をついて出掛けて行く元夫には世話を頼めず、極端に出勤出来なくなった私は仕事をクビ同然に。

収入は途絶え、恥ずかしながら貯金も無かった為にすぐに生活に困りました。その時、元夫が週払いの仕事を始めるので心配するなと言い出したのです。いつも、仕事をしていると嘘をついてはスロット店に入り浸っていた元夫。信用は出来ませんでしたが、回復しない息子を抱えては身動きも取れず、とりあえず任せることにしました。

一回、二回、週払いのお給料が振り込まれ、その週の食費や息子のオムツになりました。三回目の振込の日、朝出勤する準備をする元夫と、朝一で金額を確認し、どうにか残せたお金で家賃を振り込むと言う話をしました。9時に銀行で記帳をすると、残高は小銭だけでした。元夫が出勤した直後、コンビニで下ろされていた為です。元夫はその日全額をスロットでするまで帰りませんでした。元々遅れていた家賃。電気代に水道代、息子のオムツ代、自分達のなけなしの食費。全ての支払うアテが無くなってしまい、その原因が自分の夫であったこの時が正に最大のピンチでした。

その後、元夫のマイナス面を隠してきた私の父に助けを求め、その日のうちに当面の生活費を振り込んで頂き、乗り切りました。親を頼るのを乗り切ったと言って良いのかは分かりません。その後、私と息子は実家へ身を寄せ、別居当初生活を立て直して迎えに行くと話していた元夫では有りますが、私名義であった家賃など全ての支払いを強制解約まで放置し、離婚することで逃げました。

社会的にはあらゆる滞納金を抱えたこの時が更なるピンチで有ったとは思いますが、この時は親元にいた為父に支払って貰い、数年掛けて父に返済することにはなりましたが切り抜けることが出来ました。

ショックで誰にも言えない騙された話

悔しがる女性引っ越して間もない時に仕事をフルで出来るか不安でパートをしていました。ですが、やっぱりもう少し簡単にお金が欲しいと思いネットでいろいろ検索しました。そんな気持ちでいたために、簡単にお金を稼ぐことなんてあるわけないのにまんまと引っかかってしまいました。

個人のサイトようなものを作って貰ってそこに簡単にブログを書き、どれくらい反応があるかでお金がもらえるということでした。最初にそのサイトを作るのに何十万かかかると言われ、でももとは取れると言われ信じて振り込んでしまいました。さらに身分証コピーも渡してしまいました。

いろいろ調べたら詐欺だったことに気づいてクーリングオフを申し出るも出来ないと言われ、消費者センターに電話しても特に解決できず。それからまた電話がかかってきてさらにお金が必要と言われその額は200万でした。そんなお金ありませんと言ったら2度と連絡は来ませんでした。

今までに車の教習所代が1番払ったお金が高かったんですが、それ以上の出費で結局お金も戻らず。こんなこと恥ずかしくて誰にも言えませんし旦那にも言っていません。そのお金があったらいろんなことできたのになって思います。素直に受け止めてしまうので騙されやすく疑わないのがよくないのかなと思います。

何も考えずにクレジットカードを使って

カップラーメン私の人生で一番お金がピンチだった時の状況は、何も考えずにクレジットカードを使ってしまった結果使い過ぎてしまい、カードの請求額が多くて家賃や車のローンが払えなくなってしまったというものでした。その当時私はアルバイトで販売員をやっており、給料が15万前後と収入が少なかったため、自由に使えるお金がほんの少ししかありませんでした。

そんな時好きなアーティストのライブがあり、手持ちの現金は無いけれどカードがあるし使ってみようかな、という軽い気持ちでカードを使用しました。それまであまりカードを使用したことがなかったのですが、カード一枚で支払いがすぐ済んでしまうことに衝撃を受けて自分の持っているお金と勘違いしてしまい、利用明細を見ることもせず、簡単に支払いが済んでしまうため全然使っていないだろう、という気持ちになってしまいついつい使い過ぎてしまったのがピンチになった理由です。

カードや家賃等の支払いは待ってもらえないため、より多く支払いにお金を回すために夜ご飯を抜いて食費を削り、足りない分は親にお金を借りて乗り切りました。それまで支払いに苦しんだことがなかったので、もう二度とこんな想いはしたく無いと思いコツコツと貯蓄をして無駄遣いはやめよう、と考えるようになりました。

最大のお金のピンチはやはり子供の学費!!

積み上げたノートや文具子どもの学費・・・ですが、その前に「離婚した」事があります。何度も離婚したいと言う思いはあったのですが、でも「もう少し頑張ってみよう」とやって来ました。「もう少し頑張ろう」と決意する度に私は、貯金などを家庭に投資する癖があったのです。

例えば、20年近く前に家を建てたのですが、離婚をする2年前に頑張って頑張って完済しました。そして同じ頃に、元夫の希望により車もキャッシュで購入しました。モラハラ気味の元夫をご機嫌にするには・・・と言うことをメインで生きていた、今考えたらちょっと病み気味のあの頃・・・夫のご機嫌のために家をオール電化にリフォーム・・と色々やって来たのです。

その結果・・・貯金が少なくなり、元夫には住みやすい家を残し、モラ気味なので財産分与とかの冷静な話しも出来ず、早く逃れたい一心で子供たちと家を出ました。そして2000万以上の家を8年程で自分の貯蓄も注ぎ込み完済した私が(夫は全く無頓着で知らない事)その3年後には賃貸暮らしになっていました。

その上、3人の子供たちが多少勉強が好きだったこともあり、学区外の高校に立て続けに進学したため(親の勝手な都合でダメだと言いたくなかったのです)普通の人間ならノイローゼになりそうな逼迫した家計状況になりました。私はそれまで夫としていた事業のノウハウを元に、自分でその仕事を始めて開業。普通に勤めることも考えましたが、子供の学校での能力を考えると、それではとてもどうにもできないと思ったのです。

でも、起業と言うのは軌道に乗るまでが大変です。だから離婚と生活の変化と子供の進学と起業とが全て重なり、寝ても覚めても頭の中は「お金、お金、お金」でした。それをどうやって乗り越えたか・・・それはもうがむしゃらに働く!自分がこれまでやって来た仕事と生き様を心に刻み「私に出来ないはずはない」とがむしゃらに働きました。

それから、これまでは「ちゃんとした自分」に重点を置いて生きて来ましたが、離婚を経験したことで「自分はそれほど大した人間じゃない」と認識し、頼れる人には頭を下げて頼るようにしました。元夫から何かを手に入れる事も「話し合いにもならないし」と諦めていましたが「必要であり、手にするべきものを正当に請求するべき!」と心を決めて、少しでもどうにかして欲しいと訴えました。

本当の意味で「強く」なったのだと思います。今でもまだ3人とも学生ですので、余裕があるかと聞かれたらありません。毎日「宝くじ当たらないかな~」と夢見ていますが、、それでもあの山は越えられたと思います。一人で頑張ったところで3人の子供に残せるお金なんて大してないですが、学びたいと言う思いを摘まなかったことだけでも自分を褒めようと思っていることろです。